先輩医師からのメッセージ

村田 誠(平成21年入会)

45-村田 こんにちは、医者6年目の村田と申します。医局紹介ということで寄稿させていただきます。また、群馬で循環器内科に興味のある初期研修医の先生方に、少しでも参考になればと思います。
自分は初期研修は富岡総合病院で2年間を過ごし、その後医局に入局、群馬県立心臓血管センターでレジデントとして3年間を過ごしました。昨年から群馬大学で勤務させていただいてます。と同時に夜間大学院にも入り、博士課程も目指している、学生でもあります。
心臓血管センターでは、急性心筋梗塞や、狭心症といったカテーテル治療を初めとして、心房細動や心室性期外収縮の不整脈のアブレーション治療、ペースメーカーからCRT-Dのデバイス治療まで専門性をもって学ぶことができます。また、画像診断にも精通している先生方がおり、シンチの勉強もすることができます。さらに、心臓リハビリテーションを盛んに行っており、運動療法を初めとした包括的心臓リハビリテーションを積極的に行い、心臓移植待機の患者さん治療にもたずさわることできます。さらにさらに、心臓血管外科もおり、自分は、虚血治療、不整脈治療、画像診断、心臓リハビリテーション、心臓血管外科研修と充実した3年間を過ごすことができました。
大学は、総合病院ということもあり、他疾患合併の患者さんを診る機会が増えています。脳卒中、膠原病、サルコイドーシスの方や、出産前、手術前、化学療法中の心機能評価など様々な疾患を経験することができます。
大学勤務は忙しいですが、そのような中でも、急性心筋梗塞で挿管されてきた患者さんが、緊急でカテーテル治療を行い、1、2週間後には、自転車に乗っている姿をみることができたり、心肺停止でドクターヘリで来院されPCPSを装着された方が、退院後に病棟に歩いて訪ねてきてくれたりすることもあり、そういう時は、『やったな』とちょっと錯覚に陥ることができます(もちろん、全てを一人でできるわけではありません、上級医の先生にPCIの指導を受け、後輩がエコーをとり、研修医が採血をとり、救急部、カテ室、ICU、病棟と看護の連携があり、リハビリをしてもらい、栄養指導を受け、MEさんが機会の管理をして、放射線技師さんがカテ台を管理し、本当に色々な方にお世話になって治療をしていきます)。

群馬大学第二内科は呼吸器と循環器科を中心に同じ病棟で、仕事をしています。自分は循環器内科ですので、心臓を中心に見ていますが、心疾患に、肺炎を合併したり、間質性肺炎肺炎やARDSを合併した患者を診ることも多々あります。その時は、机の隣にいる呼吸器の先生に、すぐに相談です。最近も、即座に気管支鏡を駆使して喀痰をとってもらい、治療した患者さんがいました。当科は、みなフットワークも非常に軽く基本的に患者さんはいつでも、受け入れる活気ある胸部内科です。

また、飲み会も充実しており、国内、海外学会も盛んです。自分も今年は、アメリカ心臓病学会(ロサンゼルス)とヨーロッパ肥満学会(ECO:フランス)、国内では、日本循環器学会に参加し発表することができました。先輩方の意見も総合すると、何と無く和気あいあいと、うちの科で過ごしていれば、自然と臨床能力がつき、いつの間にか、専門医と博士号が貰え、毎年学会に参加でき、いつの間にか一人前に育ててくれる暖かい内科です。自分の数年上の先輩方は最近留学ラッシュでもあります。みなさん、ぜひ一緒に仕事をしましょう。見学にきてください。いつでも待ってます。

大山 善昭(平成16年入会)

45-大山 私はH14年に群大を卒業しましたが、当時は現在のようなスーバーローテーションの制度がありませんでした。自分のやりたいこと、特性が認識できなかった私は、2年間ローテートのできる県外の病院で初期研修を行いました。その中で、急変時の患者さんへの対応や、カテーテル治療などで見られる循環器医の際立つ冷静さと格好良さに魅せられました。また、内科の中でも外科的な要素を持つことにも引かれ、循環器内科医を志しました。もともと群馬生まれなので、やはり群馬に住んで働きたいと思い、初期研修後は臓器病態内科(二内)に入局しました。

 二内では尊敬できる先輩の先生方に出会い、また同期や後輩の先生達とも楽しくやりながら仕事をしています。カテーテルやペースメーカーなどの手技を身に付け、教科書や論文で知識を得て、実際に患者さんを診て治療を行う、これらのことが本当に楽しくて、充実していました。もちろん楽しいことばかりではなく大変なこともありますが、周りの楽しく優しい先生方のおかげでなんとかやってこられています。大学院では動脈硬化や心不全の基礎研究を専攻し、現在では診療や臨床研究の傍ら臨床試験部に所属して治験に関わっており、なにやら雑多で方向性がない感じもしますが、本人は楽しくやっています。

 一口に循環器といっても、手技をやりたいという人にはカテーテル治療がありますし、病態生理の奥深くに興味がある場合は心不全や高血圧、動脈硬化など慢性疾患に対する研究も行うことができます。いろいろなことができるのが循環器の特徴だと思いますし、群大にはそのニーズに応えるだけの先生方がいます。ぜひ若い先生方の入局を待っています。一緒に頑張りましょう。

舘野 利絵子(平成21年入会)

45-舘野 H12年に群馬大学を卒業し、当時の第二内科に入局致しました。2年間の研修医期間に循環器疾患の面白さに惹かれ、循環器内科を専門とすることに決めました。その後、深谷赤十字病院、公立藤岡総合病院、公立富岡総合病院などの関連病院を経て、群馬大学医学部付属病院に戻りました。

 循環器内科の臨床には、緊急の病態に迅速に対応する『動』の要素と、病態をじっくり考える『静』の要素の両方が必要だと思われます。私自身は、循環器疾患の病態生理を考え、それを診断・治療につなげていくことに面白さを感じ、循環器内科を始めました。病態を考える上では、身体所見をはじめ、様々な画像診断等が必要となりますが、その中でも心エコー図検査は、患者への侵襲も少なく、情報が非常に多いと思われ、自分の循環器診療に心エコー図検査を生かしていく必要があると感じ、研修医の頃から少しずつ勉強を始めました。当初は、心エコーグループといわれるものはなく、指導を受けられる場がなかったため、全国各地で行われる講習会や研究会、学会などに出かけて勉強したり、研究日を利用して他大学に勉強に行かせて頂いたりして、少しずつ知識と経験を積みました。それでも、やはり自分の専門性に自身が持てず、ステップアップの必要性を感じ、H20年4月から1年間、榊原記念病院のストレスエコー室で勉強をさせて頂きました。多くの症例や手術を見させて頂き、心エコーをみる目を養うことができたように思います。

 私自身は、患者一人一人の病態をより的確に診断し、より良い治療に導いていくこと、そしてその過程で患者と信頼関係を築いていくこと、そこにやりがいと喜びを感じてやってきました。入局して10年間は、救急医療やカテーテル治療も含め、循環器内科全般をやってきました。H23年に結婚した際、今後どういう形で仕事を続けていくか悩みましたが、挙児希望もあったことから、結婚後は常勤を外れ、入院患者の診療やカテーテル検査・治療からは外れて、現在は心エコーの仕事を中心にやらせて頂いています。循環器内科に興味があっても、先々のことを考えると躊躇してしまう女性研修医や学生の方も多いかと思います。確かに循環器内科の第一線にいながら、家庭や子供を持っていくことは簡単ではないと思われますし、まだまだ女性医師の少ない分野なので、そうした体制が整っていない面はあると思います。しかし、周囲の方々の協力により、『動』の要素には貢献できない時期でも、『静』の要素には貢献できる環境はあると思われます。また、患者の病態の診断や管理において、女性のきめ細やかな目線というのももっと必要ではないかと感じています。私自身も、周囲の協力頂いている方々に感謝しながら、その時々にできることを頑張っていけたらと思っています。

田中(大石)由美子(平成10年入会)

田中由美子
東京医科歯科大学難治疾患研究所の田中(旧性 大石)由美子です。私は平成10年に群馬大学医学部を卒業、第二内科(現 臓器病態内科学)に入局しました。循環器内科医を志望し、一年目は群馬大学病院、二年目は国立高崎病院、三年目は心臓血圧研究振興会附属榊原記念病院で研修させていただきました。臨床の現場も大変魅力的で、日々充実し、楽しく仕事をしておりましたが、医師として五年目に、当時永井良三先生が主宰されていた東京大学大学院医学系研究科循環器内科の博士課程に入学、以来、一貫して研究主体に仕事をしております。特に、肥満や、狭心症・心筋梗塞などの動脈硬化症のもととなる生活習慣病、つまり「メタボリックシンドローム(メタボ)」をテーマにした研究を続けています。研究というと、なんだか暗く、ぱっとしない印象を持たれる方もいらっしゃるでしょう。培養細胞や実験動物を相手にするのは、他学部出身の研究者がやることであって、医者のやることではないと思われるかもしれません。ところが、生きていることの神秘(つまり生理的な現象のメカニズム)を明らかにし、どのように病気が発症するのかを、最新のテクノロジーを用いて解明していくのは、とても魅力的で楽しいことです。また、医師の視点で医学研究を行うことはとても大切です。さらに、医師として多くの患者さんやその家族に接し、治療を担当させていただいた経験が、研究を進める上での原動力となり、とても役に立ちます。
 例えば、肥満や糖尿病などの代謝異常ある方では、代謝とは一見関係のなさそうにみえる慢性肺疾患や、からだ中のあらゆる癌の発症リスクが増加します。「なぜ?」諸説あるものの、理由はまだ明らかになっていません。このような漠然とした疑問であっても、よい研究テーマとなります。若い先生方には、ガイドラインや治療指針に基づいて漫然と日々臨床を「こなす」のではなく、「なぜそうなるのか?」という疑問を常に持ち、解決しながら研鑽を積んでほしいと思います。そして、一度は医学研究の楽しさにも触れてみてください。特に、女性の先生方にとっては、比較的時間の自由を得やすい医学研究は、育児・家事との両立という点でもおすすめです。
 臓器病態内科学は、循環器内科・呼吸器内科分野の臨床研修と同時に、これらの分野における基礎的な研究も積極的に行っており、大変優れた講座と思います。また、東京医科歯科大学難治疾患研究所の、私の研究室のホームページも、是非ご覧ください。http://www.tmd.ac.jp/dcmm/
http://www.tmd.ac.jp/mri/section/advanced/index.html
http://www.mito2001.com/sample/ikashika/t/html/program/no4_tanaka.html
そして、ご興味をもたれた方がいらっしゃいましたら、是非遠慮せずにご連絡ください。お待ちしています。

石見 拓

ph_iwami・所属:京都大学 環境安全保健機構附属健康科学センター
・准教授、医学博士

・国際蘇生協議会 心肺蘇生に関する国際コンセンサス会議 タスクフォース
・日本版救急蘇生ガイドライン作成合同委員会委員、教育と普及に関わるセクション共同座長
・日本臨床救急医学会 学校BLS教育導入検討委員会 委員長
・日本救急医学会救命救急法検討委員会 委員、病院外心停止レジストリWG 委員長
・日本循環器学会 AED検討委員会 委員
・NPO法人大阪ライフサポート協会 副理事長(事務局長)、同協会PUSHプロジェクト(胸骨圧迫+AEDからなる簡易講習会普及を目指す)運営委員会委員長

皆様、こんにちは。平成8年(1996年)入局の石見 拓と申します。現在は、京都大学 環境安全保健機構附属健康科学センターに所属し、大学の産業医、診療所業務に従事しながら、循環器・救急領域、特に蘇生領域の疫学研究を中心に行っています。
このたびは、自分自身のこれまでの仕事、取り組みを群馬大学循環器内科のホームページにてご紹介いただけるとのこと、とてもうれしく思います。皆さんにご紹介できるような経歴かどうかは分かりませんが、自分も気づけば40歳を過ぎ、これまでの勝手気ままな自分を許し、認めてくれたこの教室に感謝するとともに、後進を育てたい、同志を増やして早く道を譲りたい(笑)と思うようになり、こうした機会を与えて下さったことをとてもうれしく思い、この場を借りてお礼を申し上げます。
自分は、群馬大学医学部卒業で、卒業と同時に、当教室に入局させていただきました。当時は、永井良三前教授が赴任したてで、他の多くの同期と同様、循環器病学の魅力だけでなく、永井先生の魅力にひかれて入局したという面も強かったです。夜遅くまで教授室で熱心に、ご指導いただいた頃を今でも時々思い出します。当時、永井先生に、「情報を発信できるようになりなさい。」「40歳になった時に、やりたいことができる環境にいることができるように努力しなさい。」と教えていただいたことが、40歳を超えた今、自分を支えてくれていると実感しています。

自分が心肺蘇生の疫学研究に関心を持ったのも、永井先生からいただいたアドバイスがとても大きかったです。永井先生が招聘された、当時岩手医科大学循環器内科教授の平盛先生のご講演を聞いて、「医療のフォーカスを院外へ」「心肺蘇生の地域への普及も循環器専門医の重要な仕事のはず」というメッセージに、心を打たれました。単純な自分は、すぐに岩手まで見学に行き、翌年から岩手医大に国内留学させてほしいと永井先生に相談しました。永井先生のお返事は、心肺蘇生の普及活動なら群馬でやればいいのではないか、もっと勉強をして、自分は本当に何がしたいのか、何ができるのか、考えてみなさい。というものでした。そして、心肺蘇生に関心を持ちながら、何ができるのだろうと考えているときに、巡り合ったのが、当時ちょうどスタートした大阪での病院外心停止症例の前向きコホート研究である『ウツタイン大阪プロジェクト』でした。この研究を通じて心肺蘇生の重要性を客観的に示し、情報発信できるのではないかと、想像(妄想)を膨らませ、当時この研究グループをリードされていた大阪大学に見学に行き、大学院に入れていただくことができました。この間、当教室では、倉林教授が新たに、赴任され、倉林先生と色々とご相談させていただきましたことも懐かしく思い出します。おそらく、当時は、強く、しつこくお願いするので、仕方ないなあとご了解いただいたのではないかと思います。その後も、(4年間の大学院を終えたら群馬に戻る予定であったにもかかわらず)大阪大学大学院卒業後に、更に臨床研究についての研鑽をつみたいと京都大学大学院の臨床研究者養成コースを受験した際や、スタッフとして京都大学に残ることになった際など、節目節目で倉林先生をはじめとした当教室の諸先輩方、同期には親身に相談に乗っていただきました。今にして思うと、良くわがままを言いたい放題の自分を許してくださったなと思います。

大阪大学救急医学の大学院に入学後は、上述の心停止のコホート研究の運営、データの処理に没頭すると同時に、心肺蘇生の普及活動を本格的にスタートしました。幸いなことに、大阪大学救急部は日本の救急医学発祥の地であり、大阪府内はもちろん、全国的に救急関係の強固なネットワークを有していたので、このネットワークを活かし、当時はほとんど整備されていなかったALS(advanced life support、二次救命処置)の体系的な指導を構築し、普及させる取り組みに中心的に関わらせていただくことができました。これが、現在の日本救急医学会のICLSコースの始まりであり、心肺蘇生の普及活動を一つの形にできたという喜びと共に、学会などを通じた全国規模でのプロジェクトの実行を体感することができたことが、自分にとってとても大きな財産となりました。

続いて、大阪でのALSの普及・啓発活動が軌道に乗ったところで、次のステップとして、一般市民、社会への心肺蘇生普及活動を本格化しようとNPO法人を立ち上げました。自分としては、まさにこれがしたかったので、NPOが設立され、活動を本格化した時は感無量でした。ちょうど、タイミングよく、上述のコホート研究で、胸骨圧迫のみの心肺蘇生の有効性を科学的に示すことができたので、このNPOを母体に、胸骨圧迫のみの心肺蘇生を活用した普及・啓発を社会で実践するプロジェクトであるPUSHプロジェクトを立ち上げました。合わせて、学会の委員、心肺蘇生のガイドライン策定委員などとして、胸骨圧迫のみの心肺蘇生のオーソライズ、より体系的な社会への普及を目指して、学校への心肺蘇生教育導入の提言などを進めています。
手前味噌になりますが、大阪での我々の取り組みは、心肺蘇生の普及や救急医療体制の改善の試み→前向きコホート研究による客観的評価→現場へのフィードバック・改善、というPDCAサイクルが有効に機能している一つの成功モデルと言えるのではないかと自負しています。自分自身、大阪に来ようと思った時点でここまでの想像ができていたわけではありませんが、わがままを聞いてくださった当教室、突然外からやってきた一大学院生に多くのチャンスを与えて下さった大阪大学の救急部やウツタイン大阪プロジェクトの皆様、指導して下さった皆様、寝食を惜しんで、ともにコホート研究や心肺蘇生の普及活動を進めてきた仲間たち、そして縁もゆかりもない地に連れてこられ、かつ家にほとんどいない生活を許してくれた(許してくれているかは・・・)家族たち、に恵まれて、今があるんだなと、今さらになって感謝が足りなかったと反省する今日この頃です。

振り返ってみると、自分の進みたい道を歩んできたとはいえ、縁もゆかりもない大阪に来た時は不安もあり、当教室に籍を置かせていただいていることは、いつでも帰るところがあるという安心感が心のよりどころでもありました。これからは、これまで見捨てずにつながりを保っていただいた群馬大学の仲間と協力をして、共同研究を行うのが今の自分の夢です。群馬大学循環器内科の皆様、今後もよろしくお願いいたします。同期が教室の医局長となり、年をとったなあと実感するとともに、当教室、そして循環器内科を盛り上げていくことも自分たち世代の大事な役割だと感じています。今、そしてこれから進路に迷われている若い医師や看護師、医療関係の皆さん、是非、こんな懐の深い群馬大学循環器内科に入って下さい!そして、蘇生科学、疫学、臨床研究、京都に関心を持ったら、自分のところにご連絡を!(笑)。小さな寄り合い所帯ですが、蘇生科学が好きな仲間が集まって、疫学研究、教育のシミュレーション研究などを積極的に進めており、職種や所属を超えて、心肺蘇生、循環器救急医療を発展させていきたいなと思っています。

2013年9月4日  石見 拓

  • ph1蘇生研究チームの仲間と共に
  • ph2大阪での市民対象心肺蘇生講習終了後の一コマ(グランフロント大阪にて)

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