基礎研究部門・磯グループ

1.概要

平成2年卒業の磯です。この紙面をお借りまして、私が何を考えて現在まで研究を続けているのか、その経緯をお話ししたいと思います。いくつかの出会いがあり、その一つ一つが私の研究人生にとって大きな転機になりました。
当時、入局後3年目で研究室を選び、指導者に配属され研究テーマが決定しておりました。私にとって運命的だったのは、アメリカから帰国されたばかりの新井昌史(前准教授)のもとに配属されたことでした。「臨床も大切ですが、研究も大切です」の一言と、当時最先端だった分子生物学的手法に魅せられ、以来、基礎研究に費やす時間が徐々に増えていきました。次の転機が永井教授の就任でした。永井教授のカリスマ性・本質を見極める洞察力・深遠なvision・組織を動かす手腕は圧巻でした。「自分の旗を立ててください」「守・破・離」「大学が産業を作らんといかんのです」との言葉で、既存の学問にとどまらずに自分のフィールドを切り開く気概・重要性に気づかされました。
その永井教授にすすめられ、南カリフォルニア大学(USC)のDr. Kedesのもとに留学することになりました。Dr. Kedesの教室は放任主義で、「自分の仕事は自分で決めて自分で責任をもつ」スタイルでした。当初は困惑しましたが、「independentになる」ための良いトレーニングになりました。Dr. Kedesは名文家で、私の稚拙な原稿が輝きを帯びた名文に仕上がりました。論理的で明快な文章が書けると論文の価値が上がることを実感しました。同時期にKedes’ Labに在籍していた濱森康夫先生には、実験上の手技・プレゼンテーション・論文作成はもとより、研究を推進する上での多くのgeneral guidanceをいただきました。それらの多くが今でも私の研究に対する考え方の土台になっています。その一つが、「人と同じ分子を同じ方法で解析しても新しいものは生まれません」でした。「人類に貢献しましょう」という壮大な言葉にもmotivationが大いに刺激され、高揚感を覚えました。そして帰国後、倉林先生のもとで研究を続けております。
結果が出ずにへこたれる私を叱咤激励し、成果のなかなか上がらない中、根気よく待っていただいたおかげで、現在も研究がつづけられております。私の研究生活には数多くの大切な巡り合わせがあり、現在の自分の研究スタイルを形成するに至っています。「カッコ」は私が感じ取ってきた考えの一部の抜粋です。多くの出会いと現在の研究環境に感謝し、他の研究者とは違った切り口で、新しい概念を積み重ねていきたいと思います。また、一緒にはたらくスタッフには「研究にときめき」を感じてもらえればと思っています。

2.所属メンバー

講師(保健学研究科生体情報検査科講座)
  松井弘樹

研究員
  須永浩章

大学院生
  博士課程
  Yogi Umbarawan, インドネシア(Padjadjaran大学卒)
  Suman Shrestha, ネパール(カトマンズ大学卒)、放射線診断核医学科所属
  修士課程
  春山光(保健学研究科生体情報検査科講座)

技術補佐員
  松井美紀、小林貴子

3.研究の紹介

[Notchシグナルと心血管病]
米国留学中にNotchシグナルの標的因子であるHERP1(Hey2)とHERP2(Hey1)を単離・同定し、遺伝子制御のメカニズムについて研究・発表してまいりました。当時は心血管系におけるNotchシグナルの役割がほとんど解明されておらず、新規フィールドへの挑戦でした。現在ではNotchシグナルが心血管の発生過程に必須のシグナルであることが次々と発表され、すそ野の大きな広がりをみせております。Notchフィールドの広がりのおかげで、当時の研究から派生した私のreview paperは、今でも多くの研究者から引用されています(J Cell Physiol 2003; citation 799, ATVB 2003; citation 273、2014年3月17日現在)。帰国後も心血管系におけるNotchシグナルの役割の解析に取り組んでまいりました。これまでに、Notchシグナルが平滑筋の分化を促進すること、Notchシグナルの標的因子のHERP1が平滑筋分化を抑制すること、NotchリガンドDll4が動脈分化を促進すること、Notchシグナルが血管石灰化を促進することなどを報告してきました。最近では、毛細血管内皮細胞の機能解析に研究が大きくシフトしています。これも、Notchシグナルのスクリーニングの解析結果から始まったものでした。以下、掲載された論文を中心に最近の研究内容をご紹介いたします。

[毛細血管内皮細胞を介する心筋脂肪酸代謝の制御機構]
毛細血管と脂肪酸代謝の関連
グルコース代謝・脂肪酸代謝などのエネルギー代謝における毛細血管の役割は、これまでほとんど考慮されてきませんでした。筋型毛細血管内皮細胞は連続型毛細血管に属し、循環血液と実質組織間質を隔るインターフェイス(境界面)であり、 物質交換の場として機能します。心臓・骨格筋など多くの臓器に見られる毛細血管は筋型毛細血管であり、エネルギー基質である脂肪酸も筋型毛細血管を通過します。従来、循環血液中の物質がいかにして筋型毛細血管を通過するかについて、
① 毛細血管内皮細胞の間隙を受動的拡散により通過する機構
② pinocytosis/vesicle uptakeを介する機構
の2つ機構が提案されていました。しかしながら、いずれの機構も大量の血中脂肪酸が短時間で細胞間質に到達することを説明するには不十分であり、上記2つ以外の機構の存在が推察されていました。

FABP4/5は経内皮的脂肪酸輸送に必須です
FABP (fatty acid binding protein)は脂肪酸の結合タンパクで、主に細胞内での脂肪酸の貯蔵と輸送に関与します。FABP4は脂肪細胞とマクロファージに豊富に発現し、FABP5は脂肪細胞・マクロファージ以外にも重層扁平上皮やその他の臓器・細胞に発現が見られます。FABP4/5ダブルノックアウト(DKO)マウスでは、高脂肪食負荷による一連のメタボリックシンドローム様症候(肥満、インスリン抵抗性、糖尿病、脂肪肝、粥状硬化)が著しく減弱したことより、これら二つのFABPは、代謝異常と動脈硬化の病態形成においてきわめて重要な役割を担っていると考えられていました。最近私たちは、FABP4/5が心臓の毛細血管内皮細胞に豊富に発現し(図1)、これまで知られていない新たな機能を有することを明らかにしました3)。FABP4/5DKOマウスの心臓では125I-BMIPP(脂肪酸アナログ)の取り込みは野生型の70%に減少し、相対して18F-FDG(グルコースアナログ)取り込みが野生型の約20倍上昇しました(図2)。つまり、受動的拡散ではない毛細血管内皮細胞のFABP4/5を介する輸送により、脂肪酸は血中から心筋間質へ効率よく運搬されることが明らかとなりました(経内皮的脂肪酸輸送、図3)。脂肪酸輸送が障害されるFABP4/5DKOマウスの心臓では、エネルギー基質不足を補うために代償的にグルコース代謝が著しく亢進します(図2)。この二次的なグルコース代謝亢進はインスリン非依存的であり、アロステリック調整や転写後調整により糖取り込み亢進・解糖系亢進が生じるためであることがわかりました。一連の結果から、毛細血管内皮細胞のFABP4/5を介する脂肪酸輸送(経内皮的脂肪酸輸送)が心臓のエネルギー代謝に非常に重要な役割を果たすことが明らかとなりました。

図1
図1)ヒト心臓のFABP4の免疫染色像。FABP5も同様に毛細血管内皮細胞に高発現します。


図2
図2)FABP4/5DKOマウスの心臓の脂肪酸代謝は低下し、糖代謝は著明に亢進します。野生型マウスとFABP4/5DKOマウスを一晩絶食し、尾静脈より125I-BMIPPと18F-FDGを投与しました。2時間後に心臓を単離し、シンチレーションカウンターでトレーサーの取り込みを測定しました。


図3
図3)経内皮的脂肪酸輸送の概念図。リポタンパク中の中性脂肪由来の脂肪酸や血中遊離脂肪酸は、いったん毛細血管内皮細胞に取り込まれFABP4/5により可溶化されて、実質細胞間質側に放出されます。


FABP4/5欠失が全身代謝に及ぼす影響
FABP4/5は骨格筋の連続型毛細血管内皮細胞にも高発現します。赤筋の主要なエネルギー基質は心臓と同様に脂肪酸であり、FABP4/5 DKOマウスでは、赤筋でも脂肪酸利用が低下しグルコース代謝が亢進します。血中脂肪酸は脂肪組織の中性脂肪に由来し、経口摂取が低下した際に利用が増加し、比較的長期にわたって絶食時に供給可能なエネルギー基質です。そこで、脂肪酸利用への依存度が増加する絶食状態で、心臓と赤筋で脂肪酸利用能が低下するDKOマウスの全身エネルギー代謝がどのように変化するか検討しました2)。長時間の絶食で、DKOマウスにおいて著明な脂肪肝が認められました。DKOマウスでは、絶食に伴いグルコース・インスリンが野生型よりさらに低下し、遊離脂肪酸・ケトン体が経時的に上昇しました。これらの結果は、長期絶食により、(1)心臓・赤筋で脂肪酸利用が低下するため遊離脂肪酸濃度が上昇すること、(2)代償的にグルコース取り込みが亢進するためインスリン非依存的に血糖が低下すること、(3)心筋・赤筋で利用されない脂肪酸が肝臓に集積すること、(4)肝臓での脂肪酸酸化は障害されないためケトン体産生が亢進すること、を意味します(図4)。さらに、絶食後に寒冷環境下(4℃)に暴露すると、DKOマウスは急速な低体温を呈しました1)。DKOマウスでは、熱産生のためのエネルギー源(褐色脂肪組織の中性脂肪、骨格筋のグリコーゲン)が枯渇し、血中からのエネルギー源の補充(グルコース、脂肪酸)も低下していました。つまり、熱産生のためのエネルギー基質が野生型マウスより著しく不足するために、致死的な低体温に急速に至ることがわかりました。以上より、FABP4/5 DKOマウスは、絶食時に最も重要な脂肪酸が利用できないため、エネルギーホメオスタシスが破綻しやすいモデルであると考えられます。つまり、長期の飢餓や低温など、想定されうる過酷な自然環境に対して非耐性のマウスであることが明らかとなりました1)。

図4)絶食時のエネルギー基質の流れ。FABP4/5DKOマウスでは、絶食時の適正なエネルギー基質再分配が障害されます。
図4

4.主催している研究会

Journal Club (論文抄読会)
循環器系に所属するメンバーの一部が自主的に参加し、原則毎週一人ずつ最近の論文を紹介しています。論文を掘り下げて読み込み、プレゼンテーションをするよい練習機会になります。
当科facebookでもJournal Clubの最新情報・報告を掲載しています。

国内で活躍されている若手研究者を招いて、「循環・代謝・炎症・病態研究セミナー」を不定期(半年から1年間隔)で開催しています。
第一回 青木浩樹先生、久留米大学、平成23年5月30日
第二回 佐藤公男先生、東北大学、平成24年1月16日
第三回 古橋眞人先生、札幌医科大学、平成24年9月3日
第四回 柴祐司先生、信州大学、平成25年5月27日
第五回 的場哲哉先生、九州大学、平成26年2月12日
第六回 柴田玲先生、名古屋大学、平成26年10月17日
第七回 中村一文先生、岡山大学、平成27年10月17日
第八回 岸拓弥先生、名古屋大学、平成28年6月10日
第九回 中岡良和先生、国立循環器病センター研究所、平成29年2月17日

5.論文発表実績

1)Putri M, Syamsunarno MR, Iso T, Yamaguchi A, Hanaoka H, Sunaga H, Koitabashi N, Matsui H, Yamazaki C, Kameo S, Tsushima Y, Yokoyama T, Koyama H, Abumrad NA, Kurabayashi M. CD36 is indispensable for thermogenesis under conditions offasting and cold stress. Biochem Biophys Res Commun. 2015 Feb 20;457(4):520-5.
CD36ノックアウトマウスを絶食後に寒冷環境下(4℃)に暴露すると、熱産生のためのエネルギー源(褐色脂肪組織の中性脂肪、骨格筋のグリコーゲン)が枯渇し、血中からのエネルギー源の補充(グルコース、脂肪酸)も低下するため、急速に体温が低下することを示しました。

2)Syamsunarno MR, Iso T, Yamaguchi A, Hanaoka H, Putri M, Obokata M, Sunaga H, Koitabashi N, Matsui H, Maeda K, Endo K, Tsushima Y, Yokoyama T, Kurabayashi M. Fatty acid binding protein 4 and 5 play a crucial role in thermogenesis under the conditions of fasting and cold stress. PloS one. 2014;9:e90825
FABP4/5DKOマウスを絶食後に寒冷環境下(4℃)に暴露すると、熱産生のためのエネルギー源(褐色脂肪組織の中性脂肪、骨格筋のグリコーゲン)が枯渇し、血中からのエネルギー源の補充(グルコース、脂肪酸)も低下するため、急速に体温が低下することを示しました。

3)Syamsunarno MR, Iso T, Hanaoka H, Yamaguchi A, Obokata M, Koitabashi N, Goto K, Hishiki T, Nagahata Y, Matsui H, Sano M, Kobayashi M, Kikuchi O, Sasaki T, Maeda K, Murakami M, Kitamura T, Suematsu M, Yoshitotsushima, Endo K, Hotamisligil GS, Kurabayashi M. A critical role of fatty acid binding protein 4 and 5 (fabp4/5) in the systemic response to fasting. PloS one. 2013;8:e79386
FABP4/5DKOマウスに長期絶食を施すと、高遊離脂肪酸・低血糖・高ケトン体血症・著明な脂肪肝を認めました。これらは、末梢の骨格筋・心臓で遊離脂肪酸の取り込み効率が低下する代わりにグルコース代謝が亢進し、余剰の遊離脂肪酸が肝臓に集積するために生じることを報告しました。

4)Iso T, Maeda K, Hanaoka H, Suga T, Goto K, Syamsunarno MR, Hishiki T, Nagahata Y, Matsui H, Arai M, Yamaguchi A, Abumrad NA, Sano M, Suematsu M, Endo K, Hotamisligil GS, Kurabayashi M. Capillary endothelial fatty acid binding proteins 4 and 5 play a critical role in fatty acid uptake in heart and skeletal muscle. Arteriosclerosis, thrombosis, and vascular biology. 2013;33:2549-2557
心臓毛細血管内皮細胞のFABP4/5は血中から心筋間質への脂肪酸輸送に必須であること、その欠失により代償的・インスリン非依存的に糖取り込みが著明に亢進するもののATP産生の観点からは十分には補充されていないことを報告しました。

5)Goto K, Iso T, Hanaoka H, Suga T, Hattori A, Irie Y, Shinagawa Y, Matsui H, Syamsunarno MRAA, Matsui M, Haque A, Arai M, Kunimoto F, Yokoyama T, Endo K, Gonzalez FJ, Kurabayashi M. PPARgamma in Capillary Endothelia Promotes Fatty Acid Uptake by Heart During Long-term Fasting. Journal of the American Heart Association 2013; 2: e004861.
毛細血管内皮細胞に発現するPPARgがFABP4, FAT/CD36発現を誘導し、心筋細胞への脂肪酸輸送を促進することがわかりました。

6)Suga T, Iso T, Shimizu T, Tanaka T, Yamagishi S, Takeuchi M, Imaizumi T, Kurabayashi M. Activation of receptor for advanced glycation end products induces osteogenic differentiation of vascular smooth muscle cells. J Atheroscler Thromb. 2011 Aug 24;18(8):670-83. Epub 2011 Apr 21. 
RAGE(終末糖化産物AGEのレセプター)を活性化すると血管平滑筋の石灰化が促進することがわかりました。

学会発表実績

毎年、日本循環器学会学術集会(日循)、Scientific Sessions of American Heart Association (AHA)を中心に数多くの学会報告を行っています。博士課程の大学院生はAHAでの発表を、修士課程の大学院生は日循での発表を目標にしています。

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